2013年2月22日金曜日

2013.1.21

2013.1.21
むかし、「夕やけニャンニャン」のクイズのコーナーがあってとんねるずとおニャン子が解答者だったわけだけどフリップに「××か◎◎」みたいに答えをふたつ書くのが定着しちゃったことがあったわけ。クイズ番組としてはこいつは禁じ手に決まっているわけだけど、現実の人生においてはこういう手法もアリだと思う。
 
「何かに軸足を置きながら一方では何かにも保険かけとく」みたいな生き方。
 
「社畜」と呼ばれるほどに会社に滅私奉公してみたところで最後は捨てられるわけでしょ。
リストラされずに役員になってみたところで最後は新聞の人事欄に「退任」って二文字書かれて「さようなら」だもんね。
ういうのは21世紀の処世術じゃないよ。The JamのSmithers Jones もそういう哀れな初老の男がテーマ。一途なやつが馬鹿を見る時代。。。
 
半年くらい前からおれの会社にコンサルが来てて、いろいろ営業展開を指南してくれてるけどやっぱり中小企業の限界なんだよな。
ほとんどの人間が「われ関せず」「ウチはそういうレベルじゃないよ」「ヒマな奴が勝手にやってればぁ」」という塩対応。
立場的に社長やコンサルと現場の窓口を担当しているおれはすっかりハシゴを外された感じ。
会社のホームページのリスティングだとかSEOだとかスタッフブログだとか営業ハンドブックだとか、そんなことよりもおれにはやるべきことがある。
本来の仕事に邁進しつつ、alternativeな自分の可能性を模索して試験勉強に励んでいこうかと思う。
 
所詮、おれはいまの会社では外様だからね。
いつでもどうなってもいいように準備だけはしておくよ。

2013年2月20日水曜日

走れ、全力中年。

お疲れさまです。

ホームページの制作に携わってからというもの、シンクタンクを招いていることもあって
やれ×××ガイドブックだの、やれスタッフブログだの、やれ営業テレアポマニュアルだの
なんだか広告代理店に勤めてるみたくなってきたわけですが
昨今の支店の不振を見るにつけ「本来の経理の仕事が優先だな」と思ったわけです。

いままで経理としてやるべきことができてなかったので、まずはそれを整備しようと。

こういう数字は社長には見てもらってましたが営業さん、特に本店の人は先週の会議で初めて見たはず。
... 自分は役職者でもないし、新参者でもあるので「数字がこうだから当社はかくあるべき!!!」と強く主張できる立場ではない。
資料を作って、分析するのが仕事。
幹部の人たちがこういうものを見て、何かを感じて、何かを変えようと思うか、思わないか。

1.何もせずに低収益のままでいく。
2.得意先と外注先に条件交渉をしていく。
3.差益のとれない受注はやめ、売上減でも利益の出る企業に体質改善する。

こういった方針を決めていくのが「幹部会議」なのかなって思います。

○○さんがおっしゃることは100%正しいのでこれから「×××の事業拡大」を本当にもくろむならば
「×××の仕事」の現状把握をして、この延長線でいいかどうかを考えてもらわなければならない。
X社の仕事みたいなノリで今後の新規も進めていけば忙しくなるばかりで全く儲からない。
まさに「×××ボランティア」になるでしょう。
お客さんと外注先が喜んでウチが泣きつづける。

こういう資料とか作ったりしてると「なーんか調子こいて告げ口して鬼の首とったような大騒ぎしてんな、バカ」と言われるのは
仕方ないし、所詮事務屋は憎まれ役なんである程度覚悟はしてます
はしご外される可能性があるのもアタマには入ってます。
「でも、こういうのがおれたちの仕事なんだぜ。それをやらないならおまえは要らない」とかつて先輩には言われました。

ずっと1の線で行くのがラクですけど会社として今のうちに手を打たないとまずいと思うので
経理もこれからは「全力」で行きます(笑)

福永みゆ。

「あたしの書き込みにリアリティを感じるかどうかは受け手の感性によると思うので別に構いません。

でも実在しないひとがメールしたりフェイスブックやらないですよね。うふふ。
「体だけの関係」に興味ないのは貴方の自由だと思います。

だけどそう思ったとしてもこういったメールを送りつけてくるのって失礼じゃないですか?
黙ってブロックすればいいことでしょ。

あたしは別にセフレ捜しなんかしてませんけど仮にそうだとしても人それぞれネットの楽しみかたってあるわけですからそれを見ず知らずのひとに全否定されるのはおかしい。
ひとによっては「フェイスブックで結婚相手探すなんて馬鹿じゃないの?」って思う人もいますよ。

価値観なんてそれぞれなんじゃないですか?」
 

私の履歴書 第一回

おれは1964年、東京の世田谷生まれ。
区立の小学校、中学校を卒業。
まじめなほうの生徒だったと思うけど高校受験の前からチョイとぐれて授業サボるようになって内申点がたりなくなって行きたいレベルの都立に行かれなくなり、しょぼいミッション系大学の付属高校に行った。
中学時代はわりとモテてたほうだと思うけど、高校は男子校だったんで対女子スキルがなくなってしまったね。やっぱり高校は共学に行かないと一生物の損失だと思う。
 

 ここまでの趣味はミリタリー物のプラモデル、SF小説、テレビは外国ドラマを見てた。
音楽は最初は歌謡曲。それに飽きて全米トップ40とかチャートポップスを聴くようになって中二くらいからパンク・ニューウェーブ系に走る。
まさに厨二病だったね。
コーヒーも好きだったし。

2013年2月19日火曜日

2013.2.2

2013.2.2
「躁症状」が悪化したので昨日は会社を休んで都立松沢病院。

ここは東京のキティガイが全員集合する精神科専門病院なので待合室の眺めには常人の想像以上のモノがある。
主治医と相談してとりあえずジェイゾロフトの服用を中止することとコントミンを出してもらうことを指示してもらい帰った。
早速コントミンを飲んだが副作用が強く、まったく身動きできなくなったので今後はこの薬はやめることにする。
 

こういうときは外部からの「刺激」を最低限にするのが自分や他人に迷惑をかけないことになるのでテレビ、ネットは禁止にした。
フェイスブックとツイッターは即日解約。京都遠征も中止。
昨日は夜は学校だったのだが渋谷の街は危険なのでこれも中止だ。
今日は会社で昨日の遅れを取り戻すべくおしごと。これが一番だ。

2013年2月17日日曜日

一人で行くフェブラリーステークス&アンカツさんのトークショー


フェブラリーステークスのほうは実はたいしてどうでもよかったのだが

安藤勝巳さんが来場してプレゼンターとトークショーをするというので

去年のジャパンカップ以来の府中競馬に行ってきた。

天気はまずまずだったけど場内はたいして混雑してなかった。 

 

4歳勢を中心にグレープブランデーとタイセイレジェンドを絡めて買った。

結果は散々なもので勝ったのはグレープだったけどあとは沈没。

カレンブラックヒルは先行したもののバテて15着だった。 

ゲートでトラブルがあったと秋山は言ってたけど何だかね・・・。
 
 

 

最終レースが終わってからのトークショー。

安藤さんに岡部さんとずんこさんのビッグマッチ。

「ディープインパクトは猛烈バカ」

「ブエナビスタには前で競馬してと言われ3回くらい失敗して降ろされた」

みたいな危ない発言満載の楽しすぎる時間だった。

しかし、安藤さんも岡部さんも昔話よりは今日のレースの話題をしたがったのが印象的。

それがプロの視線なのだろうか。
 
「解説者・安藤勝己」は期待できそうだ。
 
 
 
 

第1回 朝日奈央チャレンジカップ

中小企業診断士 企業経営理論 平成24年度
得点46 不合格 合格率56.7パーセントの問題。


結構、スムーズに解答できて合格点どうかなと思ったが駄目だった。
最初の実戦形式でのチャレンジなので、まぁこんなものか・・・ということで。



ニューオーダーのボツネタが発売されてた。
1,200円のわりにはお買い得だったかな。
一方、ジョニー・マーのソロは2月末まで入荷が伸びるらしい。
早く聴きたい。

明日はフェブラリーステークスでナマ観戦を予定しているが
家内が風邪で寝込んでしまい、どうなるか。
長男は私立受験の最終日。今のところ浪人街道まっしぐら。
どうなることか・・・。

昨日は岡潤一郎の命日だったね。
生きてれば千五百勝はしてたろうにな。。。。


 

2013年2月12日火曜日

2013.2.3

金曜日に学校に行かれなかったので午後に振り替え講座に出席した。
相変わらず経済学は難解で次の金曜日の答練までには仕上がりそうにない。
今日であさっての授業の予習は済んだのであと数日はトレーニングをやっていく。

が終わってから本屋に行き、「落ちこぼれでもわかるミクロ経済学の本」ってのを買った。
税理士のときはいろいろ参考書を買って無意味だった経験があるけど、やっぱ大学生レベル向けの平たいものを読まないと駄目なレベルなのでとにかく経済学の世界に馴染んでいこうと思う。
「経営情報システム」が終わると「経営法務」は去年もやってるのでこの時期から「再チャレンジ」しようと思う。「落ちこぼれ」を書いた木暮太一というひとの「僕たちはいつまでこんな働きかたを続けるのか」という本も買った。これも面白そうだ。
 
そのあとはタワレコに行き、ラーメンをすすって帰る。充実した日曜日。
だが、クスリの調整がまだうまくいってなくってときどき顔面に走査線が走る。気持ち悪い・・・。

2013年2月11日月曜日

震災から1年11か月目。

震災があってから東北へは4回足を運んでいる。
それまでは栃木より北の土地には行ったことがなかった。

最初は23年8月に長男を連れて仙台、石巻、松島、平泉。
次は24年の震災1周年のタイミングに陸前高田、石巻、松島。
その瞬間は松島の海に向かって黙祷した。
次は4月に福島市。東京の人間としていろいろ考えさせられた。
次は長女をつれて3月と同じツアーに参加。

「被災地を忘れないでください」という石巻のかたとの約束を守りたい。
それは本当は全ての日本人の義務。
「たまにボランティアに行くことに意味があるのか悩む」というおれの問いに
そのかたは「それだけで本当に有難いんです」

建国記念日よりバレンタインより、
「被災地の経験を語ること」はおれにとっては大切なこと。
自己満足でも偽善でもいいじゃないか。
pray ではなく actが大事だと思う。
2周年の日もなんとかして東北の地で迎えたいとおもっている。

上は有名になってしまった気仙沼の内陸部に乗り上げてしまった大型船。

下は鉄筋の建物以外が流されて「地平線」になってしまった陸前高田市内。

いずれも昨年3月の画像。





株の切れ目が縁の切れ目。

大学を出てから20年以上在籍した上場会社の持ち株を売却した。
3,000株を80万円くらいで。
かなりの含み損だったけれど今の場の上げムードに乗って売ることにした。
後悔はない。腹八分目でいい。

2009年の暮れに辞めてるのでもう3年以上経ってるんだね。
社長がクーデターで交代していろいろ雰囲気も変わったみたいだけど
いまさらどうでもいいことだ。興味ない。

次からはあの会社のOBあての年賀状も三枚だけにしよう。

普通、50歳近くなったときが年賀状の枚数って一番ピークなんじゃないかなぁ。
自分は不精で出さないわけじゃなく、どんどん交友関係を断ち切ってきた人間だからね。
勿論、断ち切られた人数のほうが多いと思うけど。
人間に対してドライになることって本当にラクチンだ。

2013年2月10日日曜日

グッド・バイ。。。

このたびはまたしても暴れてしまい、ご迷惑をおかけしました。
言い訳はしません。病的性格も自分の一部なので。

結局、自分は壁を克服できなかった。
情けない、恥ずかしい男・・・
いや男じゃない、人間じゃない、踏み台ですらない。
路上の石ころ。
ちょっとつまづいたろうけどエリナさんはこんな石ころは遠くに蹴っ飛ばして
前に進んでいってください。

安藤勝巳っていう騎手が先日引退したときに「潮時」って言葉を使った。
先々週、御嶽山と自由が丘で会ったときに自分も「潮時」を感じました。
やっぱり自分では駄目だな、と。

以上です。

2013年2月9日土曜日

さらば、アンカツさん。

2013.2.5
日曜日にアンカツさんの引退式があった。
笠松から中央に入って素晴らしい成績を残し、後進の道を開いた。
騎手としてだけでなく男として大ファンだった。本当に寂しい・・・。
たぶんじわじわとそういった寂しさも沁みてくるんだろうな。
アンカツさんが使った「潮時」という言葉。ここんとこのおれのキーワードになっている。
自分のなかにもいろんなところで「潮時」を感じている。
人付き合いのなかにすぐにそういう「潮時」を感じてしまう自分は本当に卑屈だと思う。
もう、この歳になった自分には...そういうものを克服していく活力がないんだよ。。。
逃避、回避、無視、度外視、だらしないね。
アンカツさんに怒鳴られるね「馬鹿じゃないのか!?」って。
 
今のおれは昔よりもにんげんらしい暮らしが出来ている。ワークライフバランスというのか。
ただ失ったものも大きかった。Heaven knows I'm miserable now....
収入もなく、地位もなく、不能者の自分。
他人の目に自分の姿が映らなければいいとさえ思う。
あと少し、あと少し、生きていかなければ。生きていかなければ。。。
 
 

2013年2月6日水曜日

HUMAN RACE に参加する資格とは。


2013.2.6
今日も朝から松沢病院。症状は悪化してるのでクスリの質も量も増やしてもらう。
走査線が走る感覚が四六時中おこるようになっていて全身の平衡感覚も怪しい。
かつて在籍した会社の株式を全部売ったり、「後ろ向きなことに前ががり」になっている。
早朝覚醒も激しくなってきた。とにかく用心してトラブルをおこさないといけない。
独房強制入院だの、書類送検だの、もう御免だから。

こないだ解約したツイッターのプロフにはTHE SMITHS のBIG MOUSE STRIKES AGAIN...
 の歌詞から「もう、自分にはHUMAN RACEに参加する資格はありません」と書いていた。
これは冗談ではなくおれのリアルな気持ち。
50歳を前に石ころになっている自分には資本主義社会の要職を占める人間と口を利く資格なんかない。仕事で銀行に行けばそれをまさに体感できるというわけ。30代の取引先課長は「ああ、中小企業の初老のお使いさんが来たよ・・・」という塩対応。

おれが平常心をなくさずに生きていくには自分の闇の部分を想起させる存在は「害毒」でしかない。AWAY FROM THE NUMBERS という心境にならざるを得ない立場もわかってもらいたいものだ。
 
だから悲しいけれどサヨナラした。生きていかれないから。

「日本之下層社会」の起源。

2012.2.6
今日から「日本之下層社会」の起源がはじまります。